S.P.Cについて

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About S.P.C

S.P.C (エス・ピーシー)

S.P.C (エス・ピーシー)

1990年頃に次元によって創設されたザーメン映像マニア集団で、名前の由来はSpecial Pictures Clubの頭文字をとったもの。
抜ける一発!を目指して、フェラチオ・口内&舌射の映像を追い求めるフェラチオ&ザーメンマニア専門メーカー。

現在は下記三つのレーベル作品を送り出している。

About ASFUR

asfur (アズファー)

asfur (アズファー)

S.P.Cのメインレーベル。

素人ザーメンマニアのしっかり溜めた特濃ザーメンを女優がゴックンすることにこだわり、偽汁、ゴムフェラ、やらせ、一切なし。フェラチオが得意(好き)で、ザーメンを10人分以上飲めることを条件に女優を厳選し、各女優と話し合いながら、その都度キャラクターにあった作品を作り上げる。

About ASFUR BLACK

asfur black (アズファー・ブラック)

asfur black (アズファー・ブラック)

素人参加型の超マニアックレーベル。

出演する応募マニア達の熱い思いを実践し、それを記録、映像化する。女装精飲・飲尿・変態妄想プレイなどよりマニアックでディープな映像世界を表現する。

About KISSING GOURAMI

KISSING GOURAMI (キッシンググラミー)

KISSING GOURAMI (キッシンググラミー)

キス & フェラチオ & クンニ & いやらしい唇!

舐めることと、舐められることが大好きな方におすすめするライトな感覚のオーラルセックスマニアレーベル。

About Jigen

1972年に公開されたアメリカポルノ映画 「ディープ・スロート」

1972年に公開されたアメリカポルノ映画 「ディープ・スロート」

次元は、1972年に公開されたアメリカポルノ映画「ディープ・スロート」に感銘を受け、ジェラルド・ダミアーノ監督の作品を次々と見て、強い影響を受けた。その後、自らもカメラを操りフェラチオやザーメンにこだわった映像を撮りはじめる。

1991年頃
ドイツポルノ「ソーニャ&マンディー」を見てネバスペに目覚め、本格的なザーメンマニア映像を撮りはじめる。

1992年頃
霧島アキをモデルに8ミリビデオを制作する。

1993年頃
当時日本で唯一のザーメン監督であったラッシャーみよし氏と出会い意気投合する。監督名である次元大介は、その当時にラッシャーみよし氏によって命名されたもの。

1994年発行 マニアックザーメン

1994年発行 マニアックザーメン

この二つの出会いにより、のちにザーメンマニア本「スペルマの妖精 霧島アキ」「マニアックザーメン」などの刊行へ繋がっていく。また「ギャルズシャワー」で海外ビデオ紹介を書き、ハウスギルド作品に関わるなど、幅広い活動を行い、当時のマニアにS.P.Cの名を不動のものとした。

その後、急速に広まった「ごっくん、ぶっかけブーム」に飽き活動を休止。

2006年
ハウスギルドにて作品のリリースを開始。また同時期にサイトを開設。

2008年
S.P.Cを完全復活、3つのレーベルから積極的にザーメン作品を世に送り出す。

1994年発行 スペルマの妖精 霧島アキ写真集

1994年発行 スペルマの妖精 霧島アキ写真集

次元がこだわるのは、自らが衝撃を受けたディープ・スロート、嬉しそうにフェラチオをする表情、口内発射、特に舌上にこってりとのる瞬間と、喉を鳴らしてザーメンを飲む姿である。そのために次元は常に現場に立ち、自らカメラを持ち、時には素人スタッフの暴発ザーメンをあちこちに浴びながらも、映像を撮り続けている。

メインレーベルであるASFUR(アズファー)作品では、そのこだわりを随所に生かし「フェラチオだけでなく精飲を愛する女性」をモデルとし、また、フェラチオを愛する同好の志を発射スタッフに呼ぶなど、奇をてらった演出ではなく、じっくり見せる映像を撮っている。

目指すは「究極の一発!」100発出そうが、200発出そうが、抜けるシーンはただ一発のみ!
そう断言する次元の映像は、常に究極の一発を目指し続けている。